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絵画の小路

(最近の枝道)

最初に・・・

「何と畏れ多い表題にしてしまったのでしょう!」

・・・と書き始めたのは2012年の事でした。

年に一度の更新!なので代り映えのしない冒頭の言葉。

(と言っても、この(最近の枝道)だけなのですが・・・)の断り書きで始まるのも同じです。

2024年、辰年です。

本年、アップ出来そうな画像のモチーフは1種類しか描けてない情けなさです。

更には晴れやかに語る言葉も思い当たらず、更新そのものが如何なものかと思っていて遅れてしまいました。

いずれにしても「2023年卯年です」と前年度の侭にしておく訳にもいきません。

ロシア、ウクライナ間の戦争は終る気配もなく、長く続く戦争にウクライナへの各国の支援疲れが見え始めている中、新たにイスラエルとパレスチナ(ハマス)の戦争

加えて本年2024年1月1日には能登半島で地震災害が起きるという大変な新年の幕開けとなってしまいました。

本年2024年の書き出しも重たいものとなってしまいましたが・・・2024年1月15日、更新です。

更新目的は画像にある訳なので余計な文章は省いて辰年の年賀状のアップ作業ですね。

さて、今回の画像の追加にあたって表示のご案内です。

サムネイルをクリックすると画像が拡大します。

画像が拡大された時に、画像の下側に表示されるボタンの解説です。

 

戻る:前の画面へもどります。

再生:スライドショーが始まり、順次画像を提示します。

進む:次の画像へ進みます。

元のサイズ:画像をアップした時の原寸画像です。

閉じる:選択で大きくなった画像を閉じます。

 

尚、ボタンの下部に並ぶ画像をクリック選択で拡大する事も出来ます。

 

 ※ 冒頭の文章で始まる開設時に綴った文章、及び2022年以前の序章などの文章は画像の後に移動致しました。

2023年、卯年の記述です。

昨年「2021年に記述していた「コロナ禍」の実情は・・・」で始めた文章は2023年の現在も続いています。

つまりは2020年に始まり・・・今なお猛威を振るっているのです。

更には昨年2022年にはロシアがウクライナに侵攻し、1年にもなろうという今も戦争は収まっていません。

毎年、正月にこうして記事を書く毎に世界の事態は段々悪化している様で憂鬱な気分になりますが・・・

年に一度しか更新しないこのページが「陰」の印象ばかりというのも芸がありません。

更新目的は画像にある訳なので余計な文章は省いて卯年の年賀状のアップ作業ですね。

2022年、寅年の記述です。

2021年に記述していた「コロナ禍」の実情は・・・

治まりかけては変異を繰り返し、現在は「オミクロン株」と言う名称で猛威を振るっています。

1年延長と書いていたオリンピック、パラリンピックは開かれましたが、「無事」の言葉とは程遠い環境で行われたと言うところでしょうか・・・

2月に「北京」で「冬季オリンピック・パラリンピック」が開催される予定ですが今だに見通しが立っていません。

年に1度の更新なのに、状況的には昨年の記事と同じ事を思い願っているという事になります。

この「ホーム・ページ」に対する懸念も変わらない侭に更新手続きの4月を迎えそうです。

2021年、丑年の記述です。

今回の序文は簡単なものにしようと考えました。

私的な事で言うとこのホームページを続けるか否か迷って居ります。

昨年の序文で各ブラウザが非対応となったと綴っていましたが・・・

昨年暮れに「Adobe」社が本格的に「Flash Player」のアンイストールを促しました。

本当は私がこのホームページを作成していた時に、既に「Apple」社は非対応の態度を示していたのに・・・楽な方を選んでしまった。

現在、見ていて下さるこの表示画像は多分静止画像だけなのだと思います。

本来は動画を配していたのですが、公開当時に作成したのは上記の「Flash」というソフトで・・・楽に愉しんで作る事を優先させていまったという事への報いでしょうか?

ホームページ自体も更新は年に1度、しかもこの「絵画の小路(最近の枝道)」だけです。

約9年前の記述も時代にそぐわなくなってきたと感じたりしているところです。

今回は更新してみましたが、次回更新までよく考えてみようかと思って居ります。

私事から周囲に目を移すと・・・

昨年の更新から1年・・・更新直後に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者が世界的規模で広がり始め、現時点で尚、猛威を奮っています。

未だに終息の見通しさえ立っていません。

今年の年賀状の遣り取りも、添えた一筆は殆どコロナの事ばかりでした。

本来なら昨年は東京オリンピックの年でしたがコロナ禍の影響で1年延期と成りました。

更に、現状では今年の開催も危ぶむ声が多くなって来ているところです。

「コロナ」と共に「自分ファースト」に汚染された世界がひとつになる五輪は是非とも開催して欲しいとは思うものの、それが新たなる感染者を生み出すのなら中止すべきだとも心は揺れるばかりです。

年初めのこの1月に、この先1年を思う事は「何はともあれ一刻も早いコロナ禍の終息」をと願うばかり。

そして「コロナ」と共に増殖する「棘」を持った人々に「癒し」が勝る世界になって欲しいと祈っております。

2020年、子年の記述です。

2020年、十二支最初の子年の幕開けですね。

今年は昨年途中に元号が改まった為に令和2年となり、今回「令和」最初の年賀状という事でもありました。

ネットの世界では、初めて開設した時に主流だった「フラッシュ」も最早、対応していないブラウザばかりで・・・

本当は1番苦労して作ったオープニングや動きのある画像なども表示されなくなっています。

秒進分歩のIT世界では当たり前の流れなのでしょうか?

そんな中で、(講座の課題で開設したホームページなんだから1年持たせれば良いのかな?)と考えていたこの「ホーム・ページ」も、もうすぐ8年目になろうとしています。

私事としては、一昨年は大腸癌の手術、昨年2019年夏は胃の3分の1や他の臓器の一部の摘出手術。

暮れ近くに再入院で肝臓の3分の1を摘出したりして、今回は年賀状画像の更新は出来ないかな?と一時は思ったのですが・・・何とか数種類描き上げる事が出来ました。

その辺りの出来事などは「ブログ」で綴っていたので、この「ホーム・ページ」は画像を主体としての更新に留め置こうかと思います。

ホーム・ページの「序文」の立ち位置は・・・新年のこの時期になると前年の文章は順次後ろの方に追いやられる事となります。

毎年、その年の前振りで同じ様な内容を記しているので、今回は敢えて同じ様な説明は避けたいと思います。

1枚目の絵は、昨年2度入院した際の2度ともに病室で仕上げた絵です。

1度目の時に、病院のベッドで退屈しのぎに思いつく侭鉛筆での下書きをして・・・

2度目の時に、ボールペンで線をなぞり、細かい模様を書き加えて完成させた絵です。

退院後にその絵をスキャンしてパソコンで枠や好きなフォントでの挨拶文を組み込んで年賀状としました。 そう言う意味では何も参考にしていない完全なオリジナルと言う事になりました。

私の場合は大抵、写真を見乍ら、出来るだけ似せようとして描いた模写が多い訳ですが・・・

ならば、本物の元写真を使ったら?と言う葛藤も時々感じたりしています。

結局は似せて「書き上げた!」と言う自己満足でしかない・・・と言うのが結論でしょうか? それが、「ねずみ」の場合は、(写真に似せて)と言うのがジレンマの元でもありましたが。

「ねずみ」自体に嫌悪感を抱く人も多く、それがリアルに成れば成る程拒否反応の度合いも強くなると言う訳ですから。

そして、今回の年賀状・・・・拒否反応の度合いは如何でしょうか?

このカテゴリー「絵画の小路(最近の枝道)」の画像群も「子年」の年賀状から一周して「子年」の表示となりました。 本来ならページそのものリニューアルが必要と思われますが・・・現在はあまり考えておりませんので悪しからず、といったところでしょうか。

此処までが2020年の記述でした。

 

2019年、亥年の記述です。

絵画の小路の画像展示は今回の亥年の絵をもって干支が一回りしました。

子年から亥まで・・・と言いたいところですが、喪中があり、卯年と昨年の戌年が抜けています。

ホームページの開設からは6年なので、子年から始めた訳ではありません。

開設は未年(2015年)でしたが、只、その年の年賀状だけだと12枚・・・スカスカな感じで心許ない・・・

という事で苦肉の策!子年からの年賀状を並べて体裁を作ったという訳でした。

それが今では画面上随分賑やかになったものだと感慨ひとしおです。

沢山の画像が並ぶと、ワンパターンの癖や、好きなモチーフが透けて見える様にもなりましたが・・・

その上、カテゴリーでは「絵画の小路(最近の枝道)」のタイトルなのに、全然最近じゃない絵が多くなりつつあるという事にもなってきました・・・

う・・・・・ん、取り敢えず正月のっけから(来年考えよう・・・)と、鬼を笑い死にさせてしまっています。

前回も書きましたが、途中からは解説などの文章部分を「ブログで綴ってますので」と逃げを打って、年賀状の画像更新だけになってしまいました。

今回も既にブログでは絵とともに少々のコメント書きを済ませておりまして「以下同文」という事で済まそうかと。

さて、今年は亥年、同じ猪の絵で背景を変えただけという画像も含み14枚の絵のアップです。

昨年ホームページ更新後に出した寒中見舞いの絵も1枚アップしました。

此処までが2019年の記述でした。

 

以下の文章は2018年以前の記述となります。

 

2018年、戌年の記述です。

従来は新しい年賀状を加える事だけで更新していたのですが・・・

本年は喪中という事があり、犬の絵の年賀状は描きませんでした。

という事ですので、本年はこの文章以外の更新も無く少々寂しい幕開けとなりました。

1年を通しての出来事などは、こまめとは言えませんが「ブログ」の方で記事を書いたりしております。

脈歴も無く、とりとめもない内容の記事ではありますが、宜しければ覗いて戴けると幸いです。

2017年、今年は酉年。

例年、(さて、そろそろ資料を集めてアイディア模索・・・)

そう考え始める時期に、突然一ヶ月ではあったがアルバイトの話がありました。

アルバイト終了後は、普通だと下絵が数点完成している時期なのにと少々焦り気味。

なので、今回はアイディア不足、加えて冒険不足・・・参考写真をそのまま油絵風に模写したという感じになってしまいました。

或る意味、自分が油絵的な絵が描けるとは思っていなかったので新しい発見でもありましたが。

毎年、和風・洋風とかアイディア勝負の絵、点描モノと描き分ける事を意識していました。

その中で、受け手が好きか嫌いかは別にして自分のスタイルに拘ってもいました。

その中で、上手・下手は度外視して「らしさ」という事で表現出来ていたと思っています。

そういう意味で・・・今年はその「らしさ」が欠けている様な・・・

今回も先にブログの方で個々の絵についての思いやエピソード、言い訳等を語っていますので重複は避けたいと思います。

先ずは今年新たに加わった酉年の年賀状のアップです。

調べると酉年の「酉」とは鶏を意味するという事でした。鶏そのものが絵になる素材ではあります。色々な資料や写真を見乍ら考えました。

「尾長鶏」の写真を見ては(リボンの様な長い尾は「ミュッシャ」の様に装飾的な効果で描けるかも・・・)

「若冲」の絵を見ては(ビアズリーの様にアール・ヌボー的描写で描けるかも・・・)

結局は計画倒れで終わってしまいましたが。

若し、この手の絵を描いていたら少しは(私らしさ)が表現出来ていたかも知れません・・・という事はあまり一般的でないという事を意味してしまうのですが。

そういう意味では「夢叶う」の花言葉を持つ青い薔薇を描き加え、シュールな印象を狙った絵が今回の絵では(私らしさ)に拘った絵だった様です。

「鶏」意外に思いついたのが「鶏」の文字を持つ鳥「金鶏」や「烏骨鶏」

金鶏もそのままで絵になる鳥なのでリアルを心掛けました。

烏骨鶏の方は、白い鳥なので(中の方は「烏」の字を冠している通りに真っ黒なそうですが・・・)毛並みの表現が難しい・・・

以前、寒中見舞いに北極熊を描いた事がありましたが、パソコン上で表現出来ていた筈が印刷すると殆ど反映されていなかったという失敗がありました。

元々、印刷を目的とした絵な訳なので、今回は大袈裟なくらい影を描き込みました…逆に、こうして画面で見る事になると、汚い印象かな?などとも思いますが・・・

尚、酉年の画像、最後に載せた絵は、一応描き上げたのですが、出さず終いになってしまった絵です。そういう意味で画面に記されるタイト名が「shippai」などという事になっていますが・・・

「失敗」した訳でも無く、自分で気に入らなかったので、誰にも出さなかったという事ですね。多分、この絵が一番時間と労力を使ったという思いはあるのですが・・・逆にそれが良くなかったのかも知れません。

後は、5年前に習った「HTML」の記述・・・覚えているかな?毎年、これが不安な訳ですが・・・そして、年毎に不安は色濃くなっていますが。

こうして無事見られているという事は、何とか成功!を意味している様です。

2016年と以前の記事は、この文の後に順次繰り下げて掲載しております。

 

2016年、最初に綴っていた記述です。

最初は空白の多かった「絵画の小路(最近の枝道)

その時点では子年からその年の辰年までの年賀状だけでした。

以後、1年毎に次の干支の年賀状が加わり、少しは賑わってきた様です。

こうして、画像が増えると、自分の好きなモチーフ、技法が透けて見えて来ます。

すると浮かび上がり、改めて突きつけられるのは色使いの下手さ加減・・・

モノクロの絵の方が生き生きとして描いているという印象です。

今年は「申年」ちょっと苦手でアイディアの広がらない被写体でした。

結局は12年前と同じく「ピグミー・マーモセット」や「ワオ・キツネザル」のお世話になった訳です。

先ずは、そんなサル達の年賀状も追加です!

12年前には3Dソフトに凝っていた時期で、自分で描いたにしても概ね模写の組み合わせだったのでした。

開設時、よく判らない著作権の問題を慮って載せていなかったのです。

その辺りの事は後にブログでの記事「雪虫と絵の時」の中で触れ、初期の臆病さも薄れたのか、大胆になって当時の画像も載せたりしました。

その12年前・・・つまりは24年前は手描きだったので手元には残って居ません。

が、多分宛先不明で戻って来た1枚を後にスキャナーで取り込んだ絵があります。

マスキングペーパーを切り抜いて、色鉛筆を紙になすり付け、それをティッシュ・ペーパーで擦り、切り抜かれた部分にポンポンと叩き付けるという技法でした。

これは「絵画の小路(過去の枝道)」や「絵画の小路(技法の小道)に載せています。

参考にした元絵はありますが、何の本から、とか誰の絵という事も今では判りません。

当時は著作権など全く気に掛けてもいない時代だったし、こうして公にするなどという事は夢にも思っていませんでしたから。

元絵のデザインの完成度が高かった所為でしょうか、自分ではお気に入りの1枚です。

手描きのアナログから、パソコンでの絵に変わった時に「有り難みが薄れた」と指摘されたりしました。

1枚の絵を仕上げるには何倍も苦労している筈なのに・・・でもその後で大量生産が出来る訳で、「確かに」という他は在りません。

でも、自分自身も感じているのは、有り難みは兎も角、「手描きのぬくもり」みたいなものが薄れたのは確かな様です。

と云いつつも、パソコンで書き続けている訳ですが・・・

さて、今年も違わずパソコンで描いた猿の絵アップ致しました。

ブログの方でも載せていましたが、こちらの方はその2倍の大きさまで拡大可能です。

個々の絵についての説明もどきはブログの方で既に記していました。

目が違うだけの同じ絵を何故2枚も載せたのか・・・などの事も。

「ホーム・ページ」は絵が主体という事で説明の重複は避けようと思います。

更新はまた1年後という事になると思いますが・・・

本年もよろしくお願いいたします。

ここまでが2016年の記述でした。

 

ここからは2015年、冒頭に綴った記述です。

本年、2015年・・・3度目の更新となりました。

・・・と言っても、この「絵画の小路(最近の枝道)」だけなのですが。

日々の事は「ブログ」に任せて、「ホームページ」は1年に1度の更新。

その年の年賀状の絵を数点アップというスタイルが定着です。

今年は「羊」・・・未年ですね。

前回、12年前の未年は2003年。

「絵画の小路(過去の枝道)」にその時に描いた「羊」を数枚掲示していました。

何か、その時の方が良い絵だった様な気が・・・

(進歩が無いと云うより、退化かな?という実感がしていたり)

その頃は絵というよりコラージュに夢中だった様な気がします。

フォトショップの合成機能を駆使する事が楽しく、色々試していた記憶があります。

元写真の羊などが著作権に絡む事が懸念され、コラージュは載せられなかったのは残念でした。

今回は羊の毛の質感に色々トライしてみました。

この数年、勝手にシリーズ化した「点描」「油絵風」「和風」などは継続です。

「百聞は一見にしかず」余計な説明などは無意味ですね。

ここまでが2015年の記述でした。

 

ここからは2014年、冒頭に綴った記述です。

2014年になりました。

このホーム・ページを作成し始めた頃、タイミング悪く娘から貰って使用していたMacBookが壊れて大慌てでした。

仕方なく妻のWindowsを間借りしての作業だったのです。

Webの教室で使用していたのはWindowsだったので、或る意味良かったとも言えるのですが・・・

ずっとMacユーザーだった自分にとって、不便で不満な環境でした。

年賀状作りも扱いにくいWindowsで悪戦苦闘していた事が思い出されます。

ところが、昨年の後半に今度は間借りしていたWindowsが故障、又々大慌て!

そんな時に、妻と娘の連名でサプライズ・プレゼントをしてくれたのです。

実はずっと欲しかったiMac!それでMacユーザーに返り咲いた訳なのです。

その辺りのドタバタ劇は「ブログ」で泣いたり笑ったりし乍ら綴ったりしていました。

一年に一度しか更新しないホーム・ページ・・・

年賀状の時にしか絵を描かないので、当たり前と言えば当たり前ですが。

年賀状の絵はパソコンで描いているにしても、少なくても自分自身は手書きだという手応えが欲しい。

そんな事からタブレットにペンで線や点をペンでチマチマと描き込んだりしていました。

今年は4種類の馬とメリー・ゴーランドを描いてみました。

それを他に描いたパーツと組み合わせたり、背景を変えて相手に合わせて配置したりと、印刷の度に色々変化したりしていました。

今回はその中から数種類を載せてみたいと思います。

久しぶりにソースに触れて、習った事を忘れていないか不安だったのですが、こうして現在見て戴いているという事は何とかなったという証しでしょうね。

初めて訪れて戴いた方の為に、ホームページ解説の経緯については以前の文章をその侭載せて置く事にします。

既に「ウダウダ」をご覧になった方は新しい年賀状の絵だけを眺めて戴ければよろしいかと思います。

以下の文章が開設当時からの記述となります(今回の加筆や変更部分を太字で表現致しました)

 

(以上が2014年の記述でした)

 

(ここからの文章がホームページ開設時最初の記述です)

何と畏れ多い表題にしてしまったのでしょう!

何の事は無い・・・今回の干支の周期(子年を最初として年迄の年賀状)の羅列なのですから。

絵を描く事は大好きなのですが、近年は年賀状の時期にしか描く事をしなくなってしまいました。

では何故、「絵画の・・・・」などと大仰に名付けたこの表題?!

・・・・そうですね、このホームページのそもそものコンセプトはこうです。

絵や音楽、本なども含めて、趣味に溺れている現在の自分が、触発されたり、影響を受けた有形無形の作品やアーチスト を、このホームページを訪れて下さった方々に是非とも御紹介したい。

と、言うより、若し、見知らぬ記述が目にとまりましたら是非、興味を持って、そして深く知って貰いたい。

最初の、この枝道の中に置いた私の絵を眺め歩いて、(おや、こんな絵を描くのは、どんな感性なのだろうか?)などという 興味を持って戴けたり、若し、タッチでも構図でもシンクロする要素が一つでも見当たったのでしたら、ネットでよくある 「この商品を買われた人は、こんな商品も・・・」的な紹介をしたいなと。

ネタバレ記述をすると、本当は、就職支援の講座で学び、最終課題がホームページ作成だったりする訳なのですけどね。

最初の頃には、講師の方々に、(私専用ですか?)と思わせる程の質問を浴びせたものです。

でも、親切で的確な応対を戴いている内に、当初 「自分史みたいなものを作ります」という、お茶を濁した様な漠然としたテーマが変化し始めました。

他の枝道で、折に触れて記してはいますが、趣味は広いけど、他の人に語る様なもの何も持っていない自分。

そんな自分史など、綴る本人でさえ、興味も沸きません。

ならば?・・・・と考えました。

この年まで・・・(年齢は証しません!・・・といった処で、若い頃のスケッチブックの絵が40年近くも前という 記述でバレバレですけど) 関わった歴史の中で、関わった人々や関わった事例などを列記するのも意味のある事かな?と改めて再考し、先ずは足を踏み出す事としました。

最初のこの枝道にご案内致します。

 

最初の枝道

子年から今年の未年迄の年賀状を新しい順に並べました。

此処に置いた絵は全てパソコンで、タブレットに因るものです。

パソコンを使う様になってから表現方法は飛躍的に広がりましたが、相変わらずコツコツと タブレットのペンで鉛筆の様に、手書きの様に描くのが好きなのです。

勿論、一度描いた花や背景などを使い回せる便利さの恩恵をこうむって楽をさせて貰っている訳ですが。

中程に有る丑年の、カードを持った女性の絵(女性は深井国さんー憧憬の枝道で紹介ー)は、まさに私自身の歴史だったりします。

前回の丑年(2009年)の時に、結婚して一番最初に描いたのが牛の年賀状だった事を思い出して、遣り取りが続いている友達に洒落で4周り目の年賀状を描きました。

左側に舞っている年賀状は古い順に一番上が、半分に割ったピーマンを牛の顔に見立てて版画代わりにした丑年最初の年賀状(1973年)です。

2枚目は、点描に凝っていた時期で、石に刻まれた牛をイメージして壁画風に描いた2周り目の年賀状(1985年)です。

3枚目は「千葉政助」さんという人の『ギリシャ神話のー気まぐれな神々〜愛と別れと嫉妬と〜』という画文集から全体イメージに合う絵を模写して、自分で描いた牛の絵を配置した(1997年)の年賀状です。

この時にはパソコンを使用する様になって、補正が随分楽になっていましたが、まだ、手書きみたいな事に拘っていました。

それがタイプ1タイプ2で、丑年3周り目になります。

手に持っているのが今回の年賀状で、スキャンしてから手に持った葉書の部分に当てはめたモノです。

36年は続いていたという事ですねぇ・・・・・

おっと・・・ホームページの趣旨は自分の絵の解説ではないのでお喋りはこの位にして・・・・

他の枝道が見え始めました。

散歩は終了ですか?どちらかへの枝道へ? 私はもう少し此処に留まって、また他の人とお喋りしようかと思います。

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